仙台地方裁判所 昭和62年(ワ)1562号 判決 1990年2月09日
原告
江川一男
被告
小野喜久
主文
一 被告は、原告に対し、金三九〇万九〇二四円及び内金三五五万九〇二四円に対する昭和五九年五月三〇日から、内金三五万円に対する昭和六三年一月一七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを十分し、その六を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金一〇八二万一四六一円及び内金九八二万一四六一円に対する昭和五九年五月三〇日から、内金一〇〇万円に対する昭和六三年一月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、昭和五九年五月三〇日午前七時一三分ころ、亘理群亘理町逢隈鷺屋字中野一〇八番地先町道(幅員三・九メートル)において、先行する原告運転の自動二輪車を追い越す際同車に接触して原告を路上に転倒させ(以下「本件事故」という。)、原告に対し、右肩関節臼蓋骨折、頭部右側胸部打撲、右下肢挫創、頸部挫傷の傷害を負わせた。
2 現場は、幅員三・九メートルの狭隘な道路であるから、被告には、追越しに際して先行車の動静を確認し十分な間隔をとつて進行すべき注意義務があるのに、先行車の動静を確認せず、かつ十分な間隔をとらないまま追越しにかかつた過失により本件事故を発生させたものというべきであるから、被告は民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。
3 原告が本件事故により被つた損害を次のとおりである。
(一) 治療関係費
(1) 治療費
原告は、前記受傷のため事故当日の昭和五九年五月三〇日から昭和六二年三月三一日までの間、入院日数一二六日及び通院実日数六八〇日にわたつて治療を受けたが、そのうち昭和六一年一月一日から昭和六二年三月三一日までの間(実通院日数三四六日)の治療費として合計一〇五万八一二〇円を支出した。
(2) 通院交通費
原告は前記のように、実通院日数六八〇日間の通院治療を受け、その間通院のための交通費として一回(一往復)当たり二〇〇円の合計一三万六〇〇〇円を支出した。
(二) 休業損害
原告の家庭における昭和五八年度の農業収入は七六六万六〇八三円であり、同年度の支出は二一九万八九八〇円であり、その差額五四六万七一〇三円のうち原告の寄与率を〇・四とすると、同年度における同人の一日当たりの所得は、五九九一円となるところ、原告は、前認定のように入院日数一二六日及び実通院日数六八〇日間、合計八〇六日間、治療を受け、そのために合計四八二万八七四六円の損害を被つた。
(三) 傷害慰謝料
原告が、本件事故による受傷のために被つた精神上の苦痛に対する慰謝料は二五〇万円が相当である。
(四) 後遺障害による逸失利益
原告は、昭和六二年三月三一日症状固定と診断されたが、その後も頸及び肩の苦痛、右手しびれ感が残存し(特に夜間と寒冷時には高度に感じる)、階段の昇降時などに右膝痛があつて、局部に神経症状を残すものとして自動車損害賠償保障法施行令第二条別表第一四級一〇号に当たるとの後遺障害認定を受けた。したがつて、原告は以上の後遺症によりその労働能力の五パーセントを三年間にわたり喪失したところ、前記昭和五八年度の一日当たりの所得である五九九一円を基礎とし、中間利息を新ホフマン方式により控除して後遺症による右三年間の逸失利益の事故当時の現価を求めると、二九万八五九五円となる。
(五) 後遺障害慰謝料
原告が、右事故による後遺症のために受け、また将来受けていく精神上の苦痛に対する慰謝料は一〇〇万円が相当である。
(六) 弁護士費用
原告は、原告訴訟代理人に対し、本件示談交渉及び被告に対する交通調停の申立てを委任したが、本訴の提起のやむなきに至つたもので、弁護士費用は一〇〇万円が相当である。
4 よつて、原告は、被告に対し、右3の(一)ないし(六)の損害合計額一〇八二万一四六一円及び内金九八二万一四六一円に対する本件事故の日である昭和五九年五月三〇日から、内金一〇〇万円に対する訴状送達の日の翌日である昭和六三年一月一七日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求の原因に対する認否
1 請求原因1の事実のうち、被告が原告主張の日時場所において、先行する原告運転の自動二輪車を追い越す際同車に接触して原告を路上に転倒させ、原告に傷害を負わせたことは認めるが、その余は否認する。
2 同2の事実は否認する。
3 同3の事実は否認する。
三 抗弁
1 過失相殺
原告は、本件事故当時、自動二輪車の運転者として、右自動二輪車のハンドルを確実に操作し、被告車に追いつかれ、かつ道路の中央との間に追いついた被告車が通行するのに十分な余地がなかつたのであるから、道路の左側端に寄つて被告車に進路を譲らなければならないのに、原告は、自己が運転する自動二輪車の左側ハンドルに一パツク三〇〇グラムの苺パツクを入れたダンボール箱二個計八パツクを吊り下げ、ハンドルを確実に操作できない状態で自車を運転し、かつ被告車が追越しにかかつた際、自車を道路中央寄りに進行させて本件接触事故を発生させた。
2 損害の填補
原告は昭和六二年五月二一日、本件の損害賠償金として保険会社から二四八万一二六〇円の支払を受けた。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実のうち、原告が自己の運転する自動二輪車の左側ハンドルに一パツク三〇〇グラムの苺パツクを入れたダンボール箱二個計八パツクを吊り下げていたことは認めるが、その余は否認する。
2 同2の事実のうち、原告が、昭和六二年五月二一日、保険会社から二四八万一二六〇円の支払を受けたことは認めるが、その余は否認する。
第三証拠
本件記録中の証拠関係目録記載のとおり。
理由
一 事故の発生
被告が原告主張の日時場所において、先行する原告運転の自動二輪車を追い越す際同車に接触して原告を路上に転倒させ、原告に傷害を負わせたことは争いがなく、原本の存在及び成立に争いのない甲第一号証の七、同第二号証の一ないし五、同第三号証の一ないし一一、同第四号証の一、二、証人山形成徳の証言によれば、原告の受傷の内容は、右肩関節臼蓋骨折、頭部右側胸部打撲、右下肢挫創、頸部挫傷であつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
二 責任
前掲甲第一号証の七、原告の存在及び成立に争いのない甲第一号証の一ないし六並びに八、第七号証、原告及び被告各本人尋問の結果によれば、本件事故は、現場が幅員三・九メートルの狭隘な道路であるから追越しに際して先行車の動静を確認し十分な間隔をとつて進行すべき注意義務があるのに、先行車の動静を確認せず、かつ十分な間隔をとらないまま追越しにかかつた被告の過失によつて惹起されたものと認められる。したがつて、被告は民法七〇九条に基づき本件事故によつて原告が受けた損害を賠償する責任を負う。
三 損害
前掲甲第二号証の一ないし五、同第三号証の一ないし一一、第四号証の一、二、原本の存在及び成立に争いのない乙第三ないし第一一号証、証人鈴木庸夫の証言により原本の存在及び成立が認められる乙第一六号証(後記採用しない部分を除く)、証人山形成徳、同鈴木庸夫(後記採用しない部分を除く)の各証言、原告本人尋問の結果を総合すると、原告が被告車に接触させ、右肩関節臼蓋骨折の傷害を負うほど激しく転倒したこと、原告が本件事故当時、満七一歳と高齢であり、通常の場合に比してより長期の治療期間を要するのが通常であること、ただ原告の変形性脊椎症は年齢の割には所見が比較的軽いこと、他方、原告は、昭和五五年七月一二日午後六時五〇分ころ、名取市堀内字南台七五番二号先路上において自動二輪車を運転中、右道路から同所にある駐車場に進入しようとした高橋須美江運転の乗用車と衝突し(以下「前回事故」という。)、右鎖骨骨折、脊椎圧迫骨折(疑)、頸部捻挫等の傷害を負つたこと、同傷害につき昭和五八年五月三一日に症状固定と診断され、その時点で頸部痛、右上肢知覚障害、右膝関節痛、頸椎、肩部及び上下肢運動障害等の後遺障害が残つたこと、本件事故による受傷に対し昭和六一年一月一日から昭和六二年三月三一日の間になされた治療は、主として頸部挫傷に起因する頸及び肩の苦痛、右上肢末梢神経障害に対するものであり、右症状には前回事故の後遺障害、特に頸部捻挫による後遺障害の影響が残つていたこと、原告の本件事故による傷害のうち最も重い右肩関節臼蓋骨折は中程度の骨折であり、一般に二か月程度で治ゆするものであること、また原告の本件事故による傷害については、昭和六二年三月三一日、症状固定と診断されたこと、その後遺障害の内容は、頸及び肩部の苦痛、右上肢末梢神経障害、右肩及び右膝の運動障害とされているが、右肩及び右膝関節部の運動障害については、右肩関節部の伸展運動制限以外は前回事故の時よりもむしろ好転しており、右伸展運動制限以外は本件事故による後遺障害であるとはいえず、頸及び肩部の苦痛、右上肢末梢神経障害については、前回事故の後遺障害よりも悪化しているが、右後遺障害の影響が残つていた蓋然性が高いこと、本件事故による傷害に対する治療としては、退院後はすべて理学療法であつたことが認められ、右認定に反する乙第一六号証及び証人鈴木庸夫の証言の部分は、前認定の本件事故の態様からみて採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
以上の事実によるならば、原告の本件事故後の症状は、前回事故後の症状と比較すると、右肩部運動障害、頸及び肩部痛、右上肢神経障害については、本件事故によつて発生または悪化したものであるが、右症状は、本件事故のみによつて生じたものではなく、前回事故による後遺障害及び加齢による影響を受けている蓋然性がきわめて高いと認められる。証人山形成徳の証言も右認定に反するものではない。したがつて、本件事故以外の事情によつて生じたものと認められる範囲の損害については相当因果関係のないものとして、四割を控除した六割を本件事故による損害と認めるのが相当である。
そこで、以上の事実を前提に以下損害の数額について判断する。
1 治療関係費
(一) 治療費
前掲甲第二号証の一ないし五、同第三号証の一ないし一一、証人山形成徳の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和六一年一月一日から昭和六二年三月三一日までの間、通院実日数三四六日間にわたつて治療を受け、右治療費として合計一〇五万八一二〇円を支出したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はないが、右治療費の六割である六三万四八七二円につき、本件事故によるものと認めるのが相当である。
(二) 通院交通費
前記認定のとおり、原告が、本件事故の日である昭和五九年五月三〇日から昭和六二年三月三一日の間、入院日数一二六日の他通院実日数六八〇日にわたつて、治療を受けたことが認められ、原告本人尋問の結果によれば、右通院に要した交通費は、一回(一往復)当たり二〇〇円を下らないと認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。したがつて通院交通費は右額の合計一三万六〇〇〇円の六割である八万一六〇〇円とするのが相当である。
2 休業損害
原告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第五号証、同第六号証の一ないし四、原告本人尋問の結果によれば、原告の家庭は本件事故当時、農業に従事し、米作及び苺の栽培を行つていたこと、原告自身は苺の栽培を概ね一人で行つていたこと、本件事故前の昭和五八年度における原告の家庭の農業収入は、七六六万六〇八三円であり、右収入をあげるための必要経費の額は二一九万八九八〇円であつて、必要経費の割合は二八・七パーセントであること、本件事故の前年(昭和五八年)における原告の家庭の農業収入のうち、苺の栽培によるものは五七五万五四三二円であつたところ、事故のあつた昭和五九年度は五一二万八九九〇円、昭和六〇年度は四〇一万三〇二一円と減収となり、昭和六一年度にほぼ昭和五八年度の水準に戻つていることが認められる。
右事実によれば、本件事故による受傷の結果、原告が休業を余儀なくされたため被つた損害は、事故前の昭和五八年度と比較して、昭和五九年度及び昭和六〇年度に苺の栽培による収入が減少した分であると認められる。そして、収入が減少すれば必要経費もその割合(二八・七パーセント)で減少すると認められるから、原告の右休業したことによる損害は昭和五九年度(六二万六四四二円)及び昭和六〇年度(一七四万二四一一円)の減収分計二三六万八八五三円から右割合による経費分を控除した一六八万八九九二円であると認められる。そして、右金額の六割である一〇一万三三九五円が本件事故によるものと認めるのが相当である。
3 傷害慰謝料
前認定の原告の受傷内容、治療経過を考慮すると本件事故による傷害によつて原告が受けた精神的苦痛を慰謝するために相当な額は一二〇万円と認める。
4 後遺障害による逸失利益
前記認定のように、本件事故による後遺障害の内容は、右肩関節の伸展運動制限、頸及び肩部の苦痛及び右上肢末梢神経障害であり、前掲甲第四号証の二、原本の存在及び成立に争いのない甲第四号証の三によれば、原告の後遺障害は、主として右後遺障害を理由に局部に神経症状を残すものであるとして自動車損害賠償保障法施行令第二条別表第一四級一〇号該当の事前認定を受けていることが認められ、以上の事実を総合するならば、原告の右後遺障害は右別表第一四級一〇号に当たるので、原告は、昭和六二年四月以降三年間にわたり、その労働能力の五パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。
そして、前記2認定及び同掲記の各証拠によれば、原告の家庭における農業収入に対する原告の寄与率は全体として四割を下らないと認められるから、原告は、本件事故当時一日平均五九九一円を下らない収入を得ていたものであると認められる。したがつて、右の額を基礎として右労働能力喪失割合を乗じ、同額から新ホフマン方式により中間利息を控除して求めた右三年間の逸失利益の原価である二九万八五九五円の六割に当たる一七万九一五七円が本件事故による逸失利益であると認めるのが相当である。
5 後遺障害慰謝料
前記認定の後遺症の内容及び程度、その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すれば、本件事故によつて原告が受け、また将来受けていく精神的苦痛を慰謝するために相当な額は四五万円である。
6 過失相殺
原告が、本件事故時、同人の自動二輪車の左ハンドルに一パツク三〇〇グラム入り苺パツク四個の入つたダンボール箱を二個計八パツクを吊り下げていたことは、当事者間に争いがないけれども、右事実によつては被告の主張するように原告に斟酌すべき過失があつたものと推認するに足りない。また、右の点に関する被告本人尋問の結果中、被告が原告運転の自動二輪車を追い越す際、右原告車が中央に寄つてきたため被告の自動車と接触した旨の供述部分があり、被告本人尋問の結果により真正に成立したと認められる乙第二号証(被告作成の報告書)にも同趣旨の記載があるが、前掲甲第一号証の六及び八には、右のような供述は全くないことに照らせば、にわかに信用することができず、他に右被告の主張事実を認めるに足りる証拠はない。
よつて、前記損害の合計額は、三五五万九〇二四円となる。
7 損害の填補
前掲甲第三号証の六によれば、被告が、昭和六二年五月二一日に支払済みであると主張する損害は、本件事故の発生した昭和五九年五月三〇日から昭和六〇年一二月三一日までの治療費、右事故発生日から一二日間の付添看護料、右事故発生日から一二六日間の入院雑費、眼鏡修理代であることが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。したがつて、右金員を本訴請求金額から控除すべきものではない。
8 弁護士費用
弁論の全趣旨によれば、原告は、原告代理人に対し、本件の示談交渉及び被告に対する交通調停の申立を委任したが、本件訴訟の提起のやむなきに至つたことが認められ、本件の事案の性質、審理の経過、認容額に鑑みると、原告が本件事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は三五万円と認めるのが相当である。
四 以上のとおりであるから、被告の本訴請求は、被告に対し、三九〇万九〇二四円及び内金三五五万九〇二四円に対する本件事故の日である昭和五九年五月三〇日から、内金三五万円に対する被告に対し本件訴状が送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和六三年一月一七日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 吉野孝義)